下壁心筋梗塞(inferior myocardial infarction)
心臓の下壁を灌流する血管が虚血となり、下壁に心筋梗塞が生じた場合を下壁心筋梗塞と言います。
下壁とは左室の下面を指しており、上図のように左室を立方体で表すと赤色の部分にあたります。
右冠動脈
下壁を栄養する血管の多くは右冠動脈の枝である後下行枝になります。冠動脈には番号が付けられており、4PD(posterior descending branch)とも呼ばれています。
左冠動脈の前下行枝の反対側にある血管であり、対になる存在と言えます。
後下行枝は心室中隔と下壁を栄養しており、心臓を輪切りにすると下図のようになっています。ちなみに心臓表面の冠動脈は溝に沿って走行しており、後下行枝に関しては心室間溝に沿って走行しています。そのため、後下行枝の真上には心室中隔が存在しており、逆に心室中隔の真下を後下行枝が走行しているとも言えます。
下壁の心筋梗塞では下壁誘導であるⅡ、Ⅲ、aVF誘導でST上昇を認めます。
右冠動脈の閉塞によるST上昇はIII誘導の方がII誘導よりも大きくなります2)。これは後下行枝を出している右冠動脈は右寄り、つまりⅢ誘導寄りに存在しているため、心筋梗塞も右寄りの心筋が中心となるのでST上昇の程度もⅢ誘導が大きくなるためです。
ミラーイメージとしてⅠ、aVL、V5、V6誘導でST低下を認めます。
左回旋枝
同じ下壁梗塞でも、左回旋枝の閉塞で生じる場合があります。これは左冠動脈から後下行枝が出ている場合であり、左冠動脈優位(left dominant)と呼ばれています。この場合の後下行枝は番号が異なり15PD(posterior descending branch)と呼ばれます。
多くの人は右冠動脈から後下行枝が出る右冠動脈優位(right dominant)であり、割合としては右冠動脈優位:左冠動脈優位=8:1程度とされています4)。
左冠動脈優位で左回旋枝が閉塞している場合の下壁梗塞では、後下行枝を出している左冠動脈は左寄り、つまりⅡ誘導寄りに存在しているため、心筋梗塞も左寄りの心筋が中心となるのでST上昇の程度はIII誘導よりもII誘導でより大きくなります2)。
左前下行枝
通常の左前下行枝は心尖部までを灌流していますが、心尖部を大きく回り込んで下壁まで灌流している場合があり、これをwrapped LADと言います。
wrapped LADは後下行枝が本来灌流している下壁領域を灌流しているため、左前下行枝の閉塞により下壁梗塞が引き起こされます。
合併症
右冠動脈閉塞による下壁心筋梗塞の合併症として僧帽弁の後乳頭筋断裂、腱索断裂があります。
後乳頭筋は右冠動脈1枝で栄養されています。そのため、右冠動脈の心筋梗塞では後乳頭筋が壊死することで断裂することがあります。断裂すると僧帽弁が閉鎖不全となり、血液が逆流することで急性心不全を発症します。
参考文献
2)Acute Inferior Wall Myocardial Infarction: What Is the Culprit Artery? Circulation. 2021 Dec 7;144(23):1893-1895.←下壁梗塞+電極つけ間違いの心電図
4)Regulation of Coronary Blood Flow. Compr Physiol. 2017 Mar 16;7(2):321-382.←約80-85%は右冠動脈が優性(right dominant)、5-10%は左回旋枝が優性(left dominant)、5-10%は共優性(co-dominant)
書籍
心電図マイスターによる3→1級を目指す鑑別力grade up演習 P68-69
今さら聞けない心電図 P258-259