左室肥大(left ventricular hypertrophy)
左室肥大は心筋の肥大によって重量が増加した状態です。肥大した心臓では拡張能の低下をきたし、心筋虚血や間質の繊維化が見られることが多いです。
慢性的な圧負荷・容量負荷による肥大だけでなく、心筋症や心筋梗塞後のリモデリングなども左室肥大の原因となります。
心電図変化(左室圧負荷)
高電位
左室肥大による起電力の増加を反映して左室側の誘導であるⅠ誘導、aVL誘導、V5誘導、V6誘導を中心としたR波の増高が見られます。
QRS持続時間
左室肥大ではQRS持続時間が長くなります。これはQRS持続時間のびまん性の増加、またはQRSの開始からV5またはV6のR波ピークまでの時間の増加によって現れます。QRS持続時間の延長は、左室壁の厚さの増加、および興奮の伝導を延長させる心筋の線維化に起因すると考えられています。
ST-T変化
左室肥大ではSTセグメントやT波の異常を伴う心電図変化が生じます。J点の低下、STセグメントの上に凸の下降、非対称性の陰性T波(ストレインT波)からなります。ST-T変化の存在は、QRS波の電位上昇のみよりも左室質量の増加、および心血管合併症と死亡の高いリスクと関連するとされています。
T波の終末部に基線を超えて陽性になる部分が見られることがあり、これをT波のオーバーシュートをと呼びます。左室肥大によるストレインT波に特徴的です。
診断基準
左室肥大の診断基準は数多く提唱されていますが、最も一般的な診断基準はQRS波の電位に基づいています。
様々な診断基準の感度は一般的にかなり低いですが(通常50%以下)、特異度はかなり高い(85%〜90%程度)です2)。
広く使用されているものとしては、1949年にSokolowとLyonによって、V1誘導のS波とV5またはV6のR波の和に基づく基準が導入されました3)。また、「Cornell voltage」と呼ばれるV3のS波とaVLのR波の和も用いられることが多いです4)。
Sokolow-Lyon criterion
Sokolow-Lyon基準に基づく左室肥大は、以下のように定義されます3)。
・V5またはV6のR波>26mm(2.6mV)
Cornell voltage
Cornell基準に基づく左室肥大は、以下のように定義されます4)。
影響を与える因子
QRS波の電位は左室の大きさや重量以外のさまざまな因子の影響を受けます。これらの因子には年齢、性別、人種、体格などが含まれ、日々の変動や電極の設置部位のばらつきによる変動も影響するとされ、心電図の電位を基準とする診断基準に影響を与えるとされています。
年齢
QRS波の電位は年齢が上がるにつれて低下する傾向があります。よく用いられるQRS波の電位の基準は35歳以上の成人に適用されています。16歳から35歳の年齢層の基準はそれほど確立されておらず、この年齢層では電位のみによる左室肥大の診断の精度は低いです。
性別
成人女性は成人男性よりもQRS波の電位の上限がわずかに低いです。いくつかの基準は性別を調整することで性能が向上することが示されていますが、その調整はすべての基準で同じではありません4)。
人種
QRS波の電位の正常値は人種によって異なります。例えば、アフリカ系アメリカ人はヨーロッパ系アメリカ人よりもQRS波の電位の正常上限が高く、ヒスパニック系アメリカ人は低いとされています。
肥満
肥満は左室質量の増加と関連しますが、QRS波の電位の増加とは相関しないと報告されています。これは、脂肪組織による絶縁効果と、心臓から胸壁電極までの距離が遠くなることにより電位の上昇を相殺しているためと考えられています。
参考文献
心電図判読ドリル P7-8
実力心電図 P112-113
心電図マイスターによる3→1級を目指す鑑別力grade up演習 P97-101