分界稜(crista terminalis)
分界稜は、右心房内に存在する太い筋性の隆起で、右心房を解剖学的・発生学的に異なる2つの領域に分ける重要な構造です。右心房の内面を観察すると、後方には比較的平滑な壁をもつ静脈洞部(sinus venarum)があり、前方には櫛状筋(pectinate muscles)が発達した粗い壁があります。分界稜はこの両者の境界を形成します1)。

分界稜は上方では上大静脈開口部付近から始まり、右心房の外側壁に沿って下方へ弓状に走行し、下大静脈開口部付近まで続きます。心臓外面では、この位置におおむね対応する溝を分界溝(sulcus terminalis)と呼びます。発生学的には、平滑な静脈洞部は胎生期の静脈洞(sinus venosus)が右心房へ取り込まれて形成されるのに対し、櫛状筋を有する前方部分は原始心房に由来します。そのため分界稜は、異なる発生起源をもつ領域の境界を示しているともいえます。
分界稜は単なる境界線ではなく、心房内の電気的興奮伝播にも関与する心筋構造です。特に重要なのが洞結節との位置関係です。洞結節は上大静脈と右心房の接合部付近、分界稜上端に近い心外膜側に位置します。洞結節から発生した興奮は周囲の右房心筋へ伝わり、分界稜や櫛状筋などの心筋束を介して右心房内へ広がっていきます。ただし、分界稜を洞結節から房室結節へ向かう独立した伝導路と考えるのは適切ではなく、実際の心房興奮は複数の心筋束を通じて三次元的に伝播します。

電気生理学的には、分界稜では心筋線維の配列に方向性があるため異方性伝導が生じやすいことが知られています。線維方向には比較的速く興奮が伝わる一方、線維を横切る方向では伝導が遅くなりやすく、状況によっては機能的な伝導障害が形成されます。この性質は心房粗動などのリエントリー回路の成立にも関係します。

また、分界稜は心房期外収縮や心房頻拍の起源となり得る部位として臨床的にも重要です。分界稜起源の心房頻拍は右心房由来の局所性心房頻拍の一つであり、電気生理学的検査では分界稜に沿って最早期興奮部位が認められることがあります。

